銀次の使用方法 3 |
季節外れの台風だった。 波児・夏実・レナがそれぞれテレビを見ながら「どうなりますかねー。」と話し合っている。つい先日もアンテナが壊れたばかりだ。やたらと店の中を壊すバカモノどもには請求書を叩きつければいいのだが、いかんせん自然現象には請求書は叩きつけられない。せいぜい戸締り用心くらいが関の山である。 「あ。」 ぽん。とレナが手を打った。 「マスター、ゲットバッカーズの方々を呼びましょうよ。」 「はぁ?」 「…というか、銀次さん。」 ニコニコ顔で言うレナの言葉に夏実が笑顔で答える。 「なるほど。人間発電機ね!」 「そーうでーす♪」 それを言われて波児はうーんと唸る。 ・てんとう虫を屋根、もしくは地下の駐車場に入れる代金。 ・蛮と銀次におごらせる代金。 これをまず頭の中で簡単に計算する。 それで、違う計算を始める。 ・電気が全て落ちた時の全ての電気を銀次に賄わせる。 ・電気が落ちた時の冷蔵庫の中身がどれだけ傷むか。 ・自分ひとりならまだしも、未成年の女子二人が暗闇をどれだけ怖がるか。 もう一つの計算をして、プラスマイナスを計算して…。 波児は携帯に電話を入れた。 「あー、蛮か?」 きゃあっ♪と女子二人は手をとりあった。 電気はまだいいが、不安になる女の子二人を自分がなだめられるか、少し自信がなかったのは…波児のプライドがちょっぴりそれより高いのでナイショにしておこう。 10分後、風と雨が吹きつける中、二人が走りながらやってきた。 「こんにちはー。すごい雨ですー。」 と銀次が駆け込み、 「波児、オイコラ、なんつー仕事依頼だ!」 と怒鳴りながら蛮が入ってくる。カウンターの女子二人はすでにタオルを用意している。 「いいだろ?失われた電気を奪還してくれるだろ?」 「…っつーか、奪還というより自家発電だろ?欲しいのは。」 夏実とレナ相手にきゃっきゃっと女子高生レベルで話している銀次を指差しながら蛮は吠える。 「いいだろう?地下駐車場でスバルはかっとばないし。あそこの地下駐車場は浸水することはないからな。…それに…ああ、まだ言っていなかったな。」 ぴくん、と蛮の眉毛が跳ね上がる。 「ツケ、2割引にしてやる。電気が消えても消えなくても。」 「この仕事、うけたぜ。」 わずか0.2秒の即答であった……。 「ねーねー、蛮ちゃん。」 くいくいっ、と袖を引かれて、蛮は振り返る。相手は無論銀次。 「あのえくとぷらずむがひくければひくいほど、台風ってすごいんでしょ?」 ……………………… げしぃっ 「…ヘクトパスカルだ。いい加減日本語覚えろ銀次ィ。」 早速蛮の怒りの一撃が台風の前に銀次の脳天に直撃する。 「痛いよ蛮ちゃん…日本語ずいぶん覚えたよ!」 頭をさすりながらも応戦する銀次。だが、ハッと鼻先で笑いながら蛮は言い返す。 「小学1年レベルな。」 「ひどーい。」 「うるせー。なら小学校2年の漢字ぐらいマスターしやがれ!このバカ!」 「うううううう…」 泣きながらタレる銀次。ぐぅの音もでないと思いきや、リアルに戻って反撃を開始する。 「で、でも知ってるもん!」 「何が?」 「蛮ちゃん、笑って!」 「はぁ?」 突然のことに、カウンタートリオも銀次を見る。 「ば・ん・ちゃ・ん。」 へらっ 「…ほら、笑ってやったぞ。」 「うん。蛮ちゃんの蛮の字のクンヨミは「えびす」だからこれがホントの「えびすがお」〜♪」 今度こそタレ銀次になって踊りだす。全員、唖然、呆然。 そのえびすさんはぷるぷると震えると。 「何が「えびす」だ!ビールじゃねーんだ!このデタラメ野郎!」 むぎゅーーーーーっっっ 右足に体重の殆どをつぎ込んでタレ銀次を踏みつける蛮。えびすというより般若である。 「まず「くんよみ」を漢字で発音しやがれ。このバカ!」 「きゅーっ!きゅーっ!」 びちびち音が響きわたる。 台風が接近しているのに、こんなにのどかでいいのだろうか、と波児はちょっぴりこいつら呼んで良かったのか?と自問自答していたのはナイショである。 「あー。銀次。そうだ。」 波児が女の子とババ抜き(目下のところ15連敗中)していた銀次を呼んだのは、ふと気づいたことがあったのだ。 「お前、分電盤って分かるか?」 「ブンデンバン?」 忘れてた…。 「お前がよく仕事先で電撃ぶちこんでぶっこわすヤツ。」 「あー、あれか。」 蛮の言葉にぽん。と手を打つ銀次。 「なに?壊すの?」 壊したらお前呼んだ理由にならねーよ。 とはオトナなので言えないので、とりあえず蛮を睨んで(当然ながら無視)、話を続ける。 「あー、なら電線は分かるな?」 「俺の元気の元!」 波児もタレたくなってきた…。が、オトナだからこらえる。 「電線が、伝わって、ここのブレーカーに来ている。これがメインブレーカー。」 一際大きい黒いスイッチを見て「ふーん。」と驚いている銀次。 「で、壊…」 「…さない。壊してどうする。」 「ハカイとソーゾーはヒョーリイッタイだって蛮ちゃんが…イテッ!」 銀次の頭に強く折りたたんだ新聞紙が飛んできた。 「…だから銀次、いいか?」 カウンターで新聞を読んでいた(手元にないのは投げたかららしい)蛮が立ち上がって波児と銀次のもとへとやってきた。 「電線から来た電気っつーのは2種類ないか?」 「うん。くるくるしてるのとまっすぐなやつ。」 うんうん。と銀次が頷く。 「それを交流送電と直流送電ってーんだよ。交流送電は安くできるけど受け取るほうは高く面倒に作られる。直流送電はその逆だと思えばいい。屋敷の中の電気コード触ってなんか感じたことはねーか?」 「あー。弱い。」 「そう。電線から引込み線を通して分電盤で各電器へ出す。そん時は家とか店舗用とかに弱くなってんだよ。」 「ふーん。」 そーなんだー。と感心している銀次。というか、周囲。 「あと色々な問題もあんだけど、てめぇに教えてもこんがらがるだけだからいわねぇ。」 うんうん。と頷く銀次。一度「えーっ」と言ったらすごい速度でまくし立てられ「さぁ、言ってみろ。いわねぇと×××だぞー。」と脅されたことがあるのだ。 「で、だ。てめーがやんのはここいらが停電になった時のためのHONKY TONK専用電気供給係だ。」 「はへ?」 意味が分からない。という顔をしている銀次に蛮は怒りマーク1個つけて説明する。 「いいか?ここをあける。するとむき出しになっているケーブルがあるだろ?」 「うん。」 「…って、波児、ここの配線は?」 「あー、200Vだったか…?」 そーいやー、と首を傾げる波児。意味が分からず首を傾げる女性+銀次。 「なら銀次、停電になったら、この線を持って、200V流せ。」 少ないならいいけど一瞬でも過ぎるとブレーカーが落ちるからな。と蛮の説明が終わる。 「200Vかぁ。んーと…こんくらいだな。」 ぶつぶつ言っている銀次。 「波児、念の為に懐中電灯を……」 蛮が言った時、電灯が全て消えた。 『あ。』 全員が辺りを見回す。真っ暗。ヒューヒューザーザーという音のみが聞こえる。 「えいっ」 と、その中で光るものがあった。電気を光に変換した銀次が人間ランプに変身したのだ。 「よし、そのまま分電盤を見ろ。触る前に電気は消せ。」 「うんっ!」 ふっと電気が切れた後、ぱっと明かりがともった。最初はやや弱かったが、じょじょに強くなって、ぴたりと止まる。 「すごいですー!銀次さん!」 「すごーい!」 感心する夏実とレナ。 あの暗闇でこの三人だったら大変だったなぁ、と思う波児。 「波児。」 カウンターに戻った蛮が声をかける。 「何だ?」 「ブルマン。無論おごりだぞ。」 電気がついたとたんにこれだから。と波児は思いつつも用意をしだす。 「波児〜、俺も〜。ブレンド〜」 分電盤にはりついている銀次も言うが、蛮の言葉できゅうと泣く。 「てめぇ、コーヒーには利尿作用もあんだよ!てめぇは停電が終わるまで飲み物抜き!」 「え〜!」 「我慢しろ、仕事だ。」 仕事という言葉に銀次は弱い。泣く泣く両手を挙げ、立ったまま、ぴくりとも動けずにコーヒーの芳醇な香りだけをかいでいた。 冷血漢か?と流石の波児も思っていたが、蛮が次に注文した「氷入りの水」という言葉に少し笑う。 「蛮、コーヒー置いとくぞ。」 「おぅ。」 蛮は氷の入った水を持ち、銀次の隣に立った。 「おい、こっち向け。」 「う…うん。」 蛮は氷水に人差し指を入れ、あろうことか銀次の唇に口紅を塗るように湿らせた。 「何時間かかるかわからねぇから、唇だけ水に湿らせるだけでも全然違う。…トイレに行きたくなったら仕方がないから言え。」 「うん。」 にこっと輝くような笑みを見せて銀次は言う。 「やっぱり蛮ちゃんは優しいね。」 それには答えず、「のどが渇いたら言え。」と告げるとカウンター席へと戻っていった。 結果、停電はそれから3時間後に復旧した。そして…HONKY TONKはその3時間の間、繁盛した。真っ暗闇の中の光を見つけ、暴風雨の中で(ありとあらゆる)仕事をしていた者たちの一時休憩所となったのだ。3時間で3週間分の売り上げ…?と最後に波児がぽつりとこぼしたのは夏実にしか聞こえなかった。 周囲の街灯がつき、最後の客がいなくなると、銀次はへとへとになって戻ってきた。 「ほれ、お疲れさん。」 出てきたコーヒーとサンドウィッチに「ありがとう。」と笑顔付きの礼で答え、パクパクと食べだす。蛮はそれを何気なく見ている。その視線に気づいて銀次が一つ取り出し「食べる?」と聞いてきた。 「いい、それお前が全部食べろ。」 「うん。」 もぐもぐ。と銀次は口を動かす。自分のエネルギーをそのまま一軒の店舗の電気3時間分を賄ったのだ。かなりのエネルギーを消費したに違いない。 「あまり夜食べると朝食べられないからな。」 「それはへーいきー♪」 最後の一切れを口に放り込んで、ごちそうさま。 「じゃあ、店を閉めるから…お前らは2階使ってけ。夏実ちゃん、レナちゃんも今日は俺の家に泊まってけ。…約一名、過ちを起こしそうなヤツがいるから。」 「どーゆー意味だ!それ!」 「誰も蛮ちゃんとは言ってないけ……」 バキィっ 地面にめり込む銀次を見ながら波児は深々とため息をついた。 「あ、もう台風通り過ぎたんですね。」 外を見ると、雨は小降りになり、風も収まってきている。 「じゃあてめぇら、頼んだぞ!」 「はーい。」 元気な返答は、銀次だけだった。 次の日の朝、少し遅めに店に来た3人は、女子に準備を任せると、波児は2階へとあがっていった。夏実とレナの部屋を通り過ぎ、用具入れ兼「こいつら入れ」の部屋を開ける。 果たして、蛮はすでに目覚めていた。が、挨拶できなかった。 ベッドの下に布団が敷いてあったのだが、それがめくれ、移動した形跡がある。安物のパイプベッドの上に二人、横になっていた。 カーテンで遮られている朝の光にすら反射する金色の髪の主は、もう一人の胸元でぐっすりと眠っていたのだ。 (あとでな) 声にしないで言うと、蛮は頷き、隣で眠っている銀次の掛け布団を調節していた。 (あの蛮がねぇ………) フッと波児は笑うと、下のほうから夏実の声で「マスター、準備終わりました〜」という言葉が耳に入った。 よし、と気合を入れ、波児はカウンターへと続く階段を降りだした。 ああ、これもとりあえず、HONKY TONKの日常。 |
…家庭用分電盤です。
多くはツッコまないでください。
とりあえずひとつのベッドで寝る蛮と銀ちゃん書けてしあわせv