使うは俺。もらうはお前。

「また一つ老けたわね」
店に入ってくるなり一番に言われた言葉に、自然と眉が寄るのが自分で解る。
「まぁ、元から老け顔だから、見た目相応に近づいたって感じかしら?」
「誰が老け顔だ!誰が!」
「スパスパ吹かしてて補導されないってところで老け顔確定なのよ」
「すれ違うサツに、俺を補導する度胸が無ぇだけだ」
大抵の相手を睨んで追い返してしまう俺だが
そんなに言われるほど老けているだなんてぜってー思わない。
「ヘヴンちゃん、外寒かっただろ。何にする?」
波児の言葉に、俺に断るでもなくヘヴンは隣のスツールに腰掛けた。
「アールグレーもらえる?コーヒーよりお茶な気分なの」
「茶ねぇ・・・・・・緑茶にセンベイがお似合いだぜテメェには」
「顔は歳食ってても、言うことはまだまだ坊やちゃんね。
 ボキャブラリーが少ないわよ」
青筋立てながら顔面に向かって裏拳を飛ばしてきたが、余裕でかわしてやった。
「そういえば、銀ちゃんは?誕生日にそっぽ向かれるようなことでもしたの?」
攻撃をかわされたことに多少苛立ちを感じながらも
いつも俺についているオプションが無いことが気になったようだ。
広くも無い店内を見渡す。
「今、てんとう虫クンの中にいるみたいです。
 蛮さんへのプレゼントを用意しているそうなんですよ」
夏実ちゃんが口を開くと、ヘヴンが怪訝な顔をした。
「あんた、銀ちゃんにプレゼント買えるほどのお小遣いなんてあげてるの?」
「やってねぇよ、金なんて」
やれるほどの金も無い・・・・・・とも言うが。
「プレゼント買うのにしばらくウチでバイトしてたんだがな。
 どっかのダメな亭主が競馬でスッたもんだから、生活費にまわっちまったらしい」
「いやぁ〜〜だ〜〜〜・・・・・・最悪ぅ〜〜〜」
批難たっぷりなジト目で睨みながら、感に触るほど語尾を延ばす。
「じゃあ、銀ちゃんからのプレゼントは手作りってことですかね?」
楽しそうに手を叩いて、夏実ちゃんがパッと笑顔になった。
「愛情たっぷりなプレゼントになりますよ、きっと」
「まぁ金がかからなくて銀次にできるプレゼント・・・・・・となれば
 定番は、裸にでかいピンクのリボン巻いて『俺がプレゼントv』ってとこか♪」
思わず顔がニヤける。銀次にできる・・・・・・いや、銀次にしか出来ないプレゼント。
普段普通に頂いてるもんだとしても、俺の誕生日って事でいろいろサービスしてもらおうか。
「そうきたら、俺もそのご奉仕精神を無駄にしないよう、貰い尽くしてやんねーとな」
「定番スギ!考えがオヤジだわ」
「オヤジですね」
オヤジという言葉に、なぜか波児がドキッとして汗を流している。
俺と同じようなことを考えていたのかもしれない。
「蛮ちゃーん!」
相変わらず元気のいい、ドアベルの音に負けない声が響いた。
銀次がニコニコにこにこした顔で店に入ってきたのだ。
「おう、なんだ?」
その笑顔に釣られてか、それもとこれから起こる事への期待からか。
俺はらしくもなくスツールから立ち上がり、銀次の方へと進んだ。
妄想の中で出てきたような銀次ではなく、普段どおりの格好をした銀次がそこにいる。
寒くなる季節に合わせて買った、ファーのついた緑色のコートを着こんでいる。
夏場に見せていた足も、今はGパンで隠れている。この時期は残念だ。
後ろに何かを隠すように、両手を腰の後ろに回してモジモジしている。
「誕生日おめでとう、蛮ちゃん・・・・・・あのね・・・・・・」
頬を赤らめて、意を決したように両手を俺に向かって差し出した。
「俺からのプレゼント」
銀次の手の中に収められているものがあった。
長方形をしたソレは、手にスッポリはまるサイズで、幾分かの厚みを持っている。
一番に目に飛び込んできたのは、そのモノに書かれた汚い字。

『おてつだいけん』

ガクン
俺は思わず床に手を付き、四つん這いになって頭を下げた。
滲んだ涙は瞼の裏に隠したが、ショックから震える体は抑えられなかった。
突然ひれ伏した俺の姿に銀次は困惑しているようだ。
俺に向かって手を差し伸べたが、触れてよいか迷ってその手は俺に届かない。
「ご、ゴメンね・・・・・・こんな変なプレゼントで・・・・・・」
他に何も思いつかなくて。そう言う銀次の顔は、まだ頭の上がらない俺には見えないが言った声で解る。きっと申し訳なさそうな顔をしていることだろう。
「いや・・・・・・いいんだ」
やっと脱力した体に力が戻り、立ち上がる。
銀次の手に持っていた『おてつだいけん』を貰い受けた。
「ありがたくもらうぜ・・・・・・ってか、『券』くらい漢字で書けよ・・・・・・」
手に取ったソレをパラパラとめくってみると
一枚ごとにまた汚い字が書かれていた。
『かたたたきけん』
『おついかいけん』
今時こんなもの、小学生だって作ったりしねぇよな・・・・・・
そんな思いで見つめれば、また目じりに涙が溜まってきた。
隣で肩を落としている銀次に気づかれないよう、ソレを拭った。
どうやら俺の反応のあまりの悪さに、銀次は落ち込んでしまったようだ。
そりゃそうだよな・・・・・・
俺は心の中で反省した。さっきの態度はあんまりだ。
銀次の落ちた肩にヘヴンが手をかけて、小さく何かをつぶやき始めた。
俺には聞こえないヒソヒソ話。
突然、銀次の顔から湯気が上がった。
リンゴのように真っ赤になり、思わず両手で頬を覆った。
「絶対に喜ぶわよ」
「う・・・・・・うん!」
そう言うと、二人して外に出て行ってしまった。
ヘヴンのやつ・・・・・・また銀次に何か良からぬことを吹き込んだか?
まさかさっき俺の言ったことをそのまま告げたとか・・・・・・
それでその通りになればなったで・・・・・・
「蛮。顔が緩んでるぞ」
「銀ちゃんきっと、蛮サンのさっきの反応で落ち込んじゃったんだと思いますよ?」
今さっき反省した部分をズバリと指摘されて、緩んでいると言われた口元を直した。
後で謝ろう。で、さっそく肩でも叩いてもらうか。




「ば、蛮ちゃん・・・・・・コレ・・・・・・」
戻ってきた銀次はさっきと変わらず赤い顔をしていた。
ヘヴンはどこか嬉しそうな楽しそうな顔だ。
『おてつだいけん』と似たモノを持って、俺に突きつけた。
「もう一つプレゼント・・・・・・」
差し出されたものには、さっきと違って綺麗な字が書かれている。
おそらくヘヴンの字だろう。見かねたというところか。
・・・・・・・・・・・・
書かれていた文字に、俺は一瞬、時が止まったのを感じた。

『天野銀次使用券』

頭の中は絡まった糸がめぐるように、ワケの解らないことになっている。
それでも自動的に、俺の手は紙をめくっていた。
先ほどのように一枚の紙に一つの文が書かれている。
『うさ耳』
ヌルいものが唇にあたった。
普段想像もしないような単語に刺激を受けたようだ。
「鼻血でてるぞ」
波児がティッシュを投げてよこしてくれた。
軽く拭えば、もう止まっていたらしい。
また次のページをめくった。
『裸エプロンに縄付き』
目の前に血しぶきが上がった。
銀次が小さく悲鳴を上げたのが聞こえる。
「きゃー!蛮サンが大出血です!」
あわてて夏実ちゃんがタオルを投げてくれた。
エプロンと縄の組み合わせを目にしたことも考えたことも無かった俺は勝手な想像が瞬間的に暴走した。
あまりにも・・・・・・刺激が強かった。
数々のページをめくり、その度に身体から水分が出ていった。
干からびてミイラにでもなるんじゃないかと思った頃
最後のページに差し掛かった。
書いてあったのは・・・・・・
『なんでも』
・・・・・・ん?なんでも?
「なんでもって、何に使ってもいいってことか?
 あぁ〜んなことやこぉ〜んなことや・・・・・・」
「え!?」
慌てた銀次が手を大きく振ったが、少し沈黙したあと視線を俺から外して、足元を見つめながら、つぶやくように「・・・・・・うん」と言った。
最高!
俺は握りこぶしを強く作って、どう使うのが一番有効か出来すぎた頭をフルに活用して考えた。
「蛮ちゃん」
床を見つめていた視線をいくらか上げて。
けれど俺を直視しようとしないまま銀次が呼んだ。
「来年も、ソレ・・・・・・あげるカラ」
今さっきもらったばかりなのに、もう来年の話をしている。
蜂蜜色の髪の隙間から見えた表情は硬い。
「一年、大切に使ってね」
口元は笑っているが、目が悲しそうに半分閉じたまま。
瞼の隙間から見える瞳はやはりこちらを見ていない。

「使いきったらいらなくなる・・・・・・なんて・・・・・・ないよね?」

やっと目を合わせたかと思えば、そんな事を言う。
いらなくなる。の部分の声が震えていた。
何か、変なことを考えている。
そんな時にする色の瞳を、今している。

俺の最高に出来すぎた頭は、もっとも有効な使い方を導き出した。

「さっそく使おうかな」
『なんでも』と書かれたページをちぎる。
「も、もう?」
不安とも戸惑いともいえない表情をした銀次は今にも泣き出しそうだった。
「いつ使おうと勝手だろ」
俺の言葉に、銀次はまだ何か言おうとした口を閉じた。
愛用のライターを取り出して、『なんでも』のページの端に火を点けた。
あっという間に火が広がり、炭がパラパラと舞う。
持っている指のそばまで火が来て、俺は紙を床に落とす。
「来年の誕生日まで」
散る火の粉と灰に視線を落として、火を消すように靴底で踏みつける。

「絶対に、俺から離れるな」

足をどければ、床に炭の黒が広がり、火の赤は見えなかった。
「・・・・・・一年だけ?」
疑問符に加え首をかしげる仕草に、幼い子供のようだと思う。
「来年もらう『なんでも』券で、また同じことを頼むさ」
大きな瞳が見開かれて、琥珀に似た俺の好きな色をはっきりと見せた。
もう、変なこと考えてない、いつもの色に戻っていた。

ゴッ

後頭部から脳を振動させるような衝撃を食らった。
痛みで声さえ上がらなかった。
ゴトリと何かが落ちるのを聞き、頭を抑え視線を音のした方にめぐらせば、白いプラスチック製のまな板が落ちていた。
「店内で火遊びをするな」
波児が俺に向かって腕を向けている。どうやらまな板を投げたときのままの体勢らしい。
「だからってなー!」
カウンターの向こうにいる相手に向かって行こうとして、止められた。
銀次が俺の服の袖を掴んだからだ。
「どうしよう」
困ったように俺の顔をのぞいてくる。
まだ何か変なこと考えてるのか?まったく難儀なヤツだ。
「どうしよう蛮ちゃん。蛮ちゃんの誕生日なのに、俺がいいものもらっちゃった」
来年の、その先も続く絶対の約束を。
ものすごく済まなそうな顔をするもんだから、あきれたため息を吐いた。
「いいじゃねぇか別に。あんま考えずにテメェは素直に受け取っときゃいいんだ」
銀次の髪に指を通して、乱暴に撫でれば、すぐに表情が和らいだ。
今度こそ、平気だな。
「他の券も有効に使わせていただくぜ」
「う、うん・・・・・・」
「んじゃ、早速ここで___」
「ココで!?」
銀次が一歩後ろに引いた。身を守るように両腕で肩を抱く。
「お!お!ココでだなんて大胆ねv私も一緒に拝ませてもらうわ!
 うさ耳?ネコ耳?裸エプロンに縄かしら?それとも椅子に縛って目隠し?」
「ウチは真っ当な店なんだからな」
「あの、えっと・・・・・・私、17なので、それでも観れる範囲内でお願いします」
一枚ちぎって、銀次に差し出す。
また燃やすと今度は包丁が飛んできそうだからな。

「肩たたき、頼むぜ」






トントンとんとん
蛮ちゃんの肩を叩きながら俺は思います。
来年の誕生日は、またバイトをして
蛮ちゃんに似合うアクセサリーとかを贈りたいな。

トントンとんとん
蛮ちゃんの、細いけれどとても強い肩を感じながら俺は思います。
今度はもっと早くからバイトして、何かあってもいいようにしておこう。
おいしいモノ食べて、ベットのある場所に泊まって、お風呂にも入ろう。

トントンとんとん
蛮ちゃんの、透けるように白い首元をみて俺は思います。
それから、紙とペンを用意して、あとホチキスも。
蛮ちゃんが読みやすいように、字も練習しなきゃ。

トントンとんとん
蛮ちゃんの、茶のような黒のような、濃い艶のある髪を眺めながら思います。
俺の叩くリズムに合わせて動く髪が、また来年も見れるのかな?
蛮ちゃんの手の中で、白が赤に、そして黒に変わるのを観れるかな?

トントンとんとん
「ん〜ソコソコ・・・・・・もちっと強く頼むわ」
「ほんと、オヤジね」
「蛮サンは体硬そうですもんね」
「俺の前で、あまりオヤジって言わないで・・・・・・」

トントンとんとん
あぁ本当に
蛮ちゃんが、生まれてきてくれて
嬉しいな




「蛮ちゃん、また言っていい?」
「あ?」
「誕生日、おめでとう」

そして、ありがとう。




END




んまー、なんてお素敵SSなんでしょう。銀ちゃんかわいい〜v。
フリーということで強奪してきてしまいました。あっちゅ様、どうもありがとうございました。