マラゴジッペ・ピーベリー |
たまにゃこんなコーヒーもいいだろ?と出してきた、それ。 「豆はなんだ?」 蛮が問う。それに返された答えは、コーヒーの豆。 「食ってみろ。」 言われ、しぶしぶ口に含む。カリッと何かの菓子のような音で、ほろ苦く、さわやかで、どこか甘い…そしてコーヒー独特の苦さが広がる。 「マラゴジッペ・ピーベリーって豆だ。日本にゃまだそんなに卸されてない。」 波児の声を聞き流し、蛮は一口飲んで、ぎょっとした。 「なんだ!このすっぱいコーヒーは!」 ガマテラ?それとも酸化させすぎなんじゃねーか?と蛮はカウンターの人物を見やる。 「それが今のお前だよ。」 相棒となるようなヤツを見つけ、連れてきたら、そいつにも飲ませてやるよ。 波児は表情のない顔で、一口しか飲んでいないコーヒーをそのままに店を出て行く蛮の背中を見た。 数ヵ月後、紆余曲折の後、とんでもない「相棒(候補)」と話していた。蛮の口調は相変わらず「俺様」で「高圧的」で「問答無用」だった。相棒が相棒でなかったら、とっくに縁は切れていただろう。 無限城の雷帝、天野銀次。 彼もまた、あの無限城の中ではまさしく「帝王」だった。それを引きずり落として生活を始めたら、普通以下の常識でやりこなそうとした。見るものすべてが新しく、色とりどりで、人がすぐに死なない。車やオートバイの音、さまざまな雑音に最初は精神的にまいったらしい。それを取り入れ、ゆっくりと「普通の常識」をなんやかんや言いながら吸収している。そして彼は不思議な人物だった。 彼は全てを受容し、そして変換させ、昇華させる。 まさしく受容体(レセプター)だ。蛮はまだ気づいていないようだが、ジャンクキッズのグループの頂点という重い荷物をおろした彼は、恐ろしいほど優しい顔を見せる。深い掌(たなごころ)、裏新宿(そして彼が生活していたのはその最たる場所である無限城、ロウアータウンだ)では見られない澄み通った瞳。強さもさながら、それと相似して反目する慈愛で殺気を放っていない者には平等に接する。新宿の公園では人気者らしい。この他者を寄せ付けないよう教育している昨今、その垣根すら乗り越えて子供と接する。ゲーム機にいちいち驚いてみたり、子供が良く口にする「ギンジサン」を見に警戒心バリバリで近づいた母親といつの間にか打ち解け、子供が「ぎんじさーん、あそんで。」と言われるまで語ったり。悩みを聞いたり、色々教えてもらったり。 そんな彼が一人でいる時、波児は同じものを出した。 「うわ〜あ、口の中が色んな味でいっぱい。」 コーヒー豆をぽいっと何のてらいもなく口に入れ、ポリポリと食べた最初の感想だった。 コーヒーを飲むと「うわぁ、あの豆がこんな味になるんだ。フシギな飲み物だね。面白いすっぱさだね。こんなすっぱさもあるんだー。」と言ってきた。目はキラキラと輝いている。 彼らが「GetBackers」の三代目となり、しばらくしたら、案の定、蛮にも変化がおきてきた。…まぁ、確かに最初に銀次が「蛮ちゃん」と呼んでた時にはこっちもギョッとしたが。 落ち着いた時、波児は同じコーヒーを淹れた。ただし、量はいつもより少なめに。大切なオプションがつくから。 「覚えてるか?マラゴジッペ・ピーベリーだ。」 タバコを取り出しながら「あのクソ酸っぱいヤツかよ。」と蛮は毒づき、銀次は「えー、そんなことないじゃん、面白いすっぱさで楽しかったよ。」とフォローする。 「まぁ、今回は、お前らがようやく相棒っぽく見えてきたからな。面白いことを教えてやろうと思ってよ。」 コトンとテーブルにそれが入った容器を置く。 「それをたっぷりいれて、かき回したら口につけてみろ。」 蛮がやりそうもなかったので、蛮のカップに銀次がそれを入れ、かき混ぜる。そして自分のにも入れ、かき混ぜて、飲んだ。 「え………?」 びっくり!というまさしくその顔。 「波児、ホントーにあのコーヒー?」 疑うのは良く分かる。 「ああ、本当だ。」 「だって…だって…ぜんぜん酸っぱくないし…」 こくん、ともう一口飲んで「えー」と声をあげる。 「砂糖いれてないのに、甘いよ?波児、砂糖入れた?」 「いんや、前のまんまのストレートだ。」 「蛮ちゃんも飲んでみて!ホントに甘いんだよ!面白いよ!」 あの命令とか頼まれるのが大嫌いの蛮が、銀次の言葉に「うっせーな!」と言いながらコーヒーカップに手を伸ばす。あの蛮が、だ。 蛮も一口飲んで、がばっとこっちを見る。 「本当に砂糖も入れてねぇよ。豆自体に隠れてた甘みが牛乳によって引き出されたんだよ。」 「へー、ギューニュー入れると甘くなるのかー。」 「銀次。キムチに牛乳入れても甘くならねーからな。」 「えー、そうなの?」 「ったりめぇだ。バカ。」 言い合いも息があっている。何十年の付き合い、と言っても分からないだろう。 「蛮。あの日の答えだ。今のお前が、それだ。」 マラゴジッペ・ピーベリーという癖のある褐色のコーヒーに白い牛乳を入れたら…とがった酸っぱさは消え、コクに深みが増し、全てが変わる。 「ふん。これだからジジイのセリフは…。」 「『俺の家庭もこんな風にしたいんだ』…だったか?」 「んぁ?波児、なんか言いましたか?」 コーヒーを味わいながら銀次が尋ねる。それに対しての波児の答えは「なんでもない」。 「ごっさん。」 「ごちそうさまでした。波児、ありがとーv」 二人が出て行った後、カップを片付ける。あの日は一口しか飲まなかったそれは、今回は全部飲み干されている。銀次は…出されたものは必ず全て飲み、食べる。 カチャカチャとカップを洗って、外を見る。見上げる。先は。 無限城。 「よぉ、相棒。」 そこにいるはずの相棒に、自分の城から話しかける。 「お前の息子にお前が奥さんにプロポーズした時のコーヒー飲ませたぞ。さすがにさんざ練習したその時のセリフはこっ恥ずかしくていえなかったが。」 タバコを出し、火をつける。白い煙が黒いサングラスに映る。 「お前の所に行くだろうな。楽しみにしておけよ。」 キュッキュッとカップとソーサーを拭き、棚に置き、パタンと閉めた。 同時に心の中の、懐古の扉もいったん、閉めた。 無限城から視線を離し、波児は座って新聞を読み出した。 彼と彼らが再会するのは約二年後という短く、長い時の末………。 |
つまり波児もパパンからこの豆のことを教わったんですね〜。
パパンのプロポーズのシチュ、コーヒーなーんてねvと思って思わず書いてしまいました。
書きあがった後、自分も飲みたくなり、淹れてしまいました。手回し式のやつ。ごーりごーりと。豆が結構固いんですよ。マンダリンとかと比べると。
一粒久しぶりに食べてみたら…少し酸化してました(涙)。脱酸素剤入れないと。でもやっぱり美味しい〜。本当に甘いんですよー。
でも、この豆を扱っているのは日本では一社のみとかそーでないとか…
考えてみたら、文字の飾りとか入れてないSSも初めて…(笑)