タ バ コ の 味


 夜、スバルの中でのこと。
 くかーっと銀次が寝てしまうと、たまに起きてくる者がいる。彼の中でいつもは眠りについている雷帝だ。
「お、雷帝か。」
 銀次も寝起きは良いほうだが、雷帝の比ではない。起きたらすぐに何事もなかったかのように行動に移せる。不思議なものだ。
「雷帝。」
 いつものように話しかける。
「………?」
 無言でこちらを向く。相変わらずの無表情。
「ちょっとそこにあるタバコとってくれねぇか?」
 指さされた場所を見ると、確かにカートンでタバコが置いてある。赤いので一目で分かる。
「別に構わんが…何故だ?」
 雷帝が問いかけてくる。俺はにやりと笑いながら「そりゃテメェ、そっちからのほうが近いからだ」と言ってやった。すると「そうか。」と言って、箱の中からマールボロを取り出して、手渡してくれる。「サンキュ」と言って受け取り、慣れた手つきでフィルムと中の紙をペリリとはがす。一本取り出し咥えようとした時、その視線に気がついた。
「雷帝…おめーも吸ってみっか?」
「その前に…タバコとはなんだ?」
 おっ、そんな問いがきましたか。と蛮はちょっと考え、簡潔に答える。
「合法的な、麻薬だ。」
 すると雷帝は少し気分を害したらしい。口調の中に怒気が入る。
「そんなモノを俺に吸わせようとしているのか?」
 無限城育ちだからこそ、なのか。麻薬については銀次も普通の人より詳しく、また嫌悪していた。だからこそ言ってやる。
「あぁん?俺様がいつも吸ってるんだ。お前も吸える。」
 雷帝はしばらく考えていたらしいが、結果。
「では、吸ってみる。」
 と言って来た。嬉々として蛮は一本手渡す。
 しげしげと観察している雷帝は、子供のような姿だ。その姿を楽しげに見ながら、蛮はふと気づく。
「あ、一度そのタバコを返してくれ。それは上級者用のタバコだ。お前にゃまだ早い。」
 雷帝は不思議そうな顔をする。
「タバコにも初心者、上級者なんてあるのか?」
「ああ、あるある。お前がそれを一口吸ったら貧血起こしてぶっ倒れる。」
 13mgのニコチンの力は、吸ったことの無い者には未知なる力である。雷帝は素直に俺の手にタバコを返してくる。
「ちょっと待ってろ…。」
 一番いいのは針だが…あー、そか。
 俺はタバコを膝の上に置くと、自分のピアスを外す。ピアスの細く長いそこを軽く指で拭うとタバコにぷす、とつきたてた。これだけでタバコが軽くなってしまうのは面白く、そしてつまらないものだ。1mgのタバコはお洒落かハク付けだと思っている。タバコ自体が持っているまろやかさとコクが出てくるのは8mg以上からだと俺は思っている。ヨーロッパを渡り歩いた時、タバコ売り場には必ず置いてあったこの赤い箱。日本に来てからもあったからこれにした。理由なんて簡単なもんだ。前に試しにマイセンの10mgを吸ったけど…何故か塩の味がした。それから日本タバコには手を出していない。

 たとえ…値上げしようとも…だ(拳ぷるぷる)。

「ほらよ。雷帝。初心者向けタバコだ。」
 ピアスを戻すと、雷帝に渡した。元の変わらないタバコをしげしげとまた見つめる姿。根元のほうに穴がぽつっと開いていることに気づいたらしい。こっちを見てくる。
「それだけで初心者向けになんのさ。咥えてみな。」
「どういう味なんだ?」
 そういえば、雷帝の味覚というのは知らない。銀次は甘いものが好きだが…。雷帝は良く知らない。だから言ってやった。
「俺のキスの味。」
 途端、雷帝の顔が真っ赤になる。ケケケ。ウブなヤツ。
「では、これを吸うと、お、お前の……と一緒になるんだな。」
 照れながら言っちゃってまぁ。
「まぁ、咥えてみろ。今日は俺様からのサービスだ。火ィ、点けてやっから。」
 火をつけたら少し吸う。ただし最初は口の中に煙をためるようにしろ。と言った。初心者がむせるのは、「吸う」という感覚を「息を吸う」と同格に扱ってそのまま吸ってしまうからだ。
「わかった。」
 雷帝は言うと、静かに咥える。俺はZIPPOで火を点けてやる。
「口の中にある程度たまったら、ゆっくりと肺の中に落とすように息とともに入れろ。で、タバコを外して吐け。」
 あー、なんか中学生にエロ本みせてきゃーきゃーと照れてるのを見てるオッサンのよーな気分だ…。
 ジジ…とタバコに火がつき、少しだけ砲身が短くなる。あっちも用心しているのだろう。ややあって、ぎこちなくはさんでいた指が動いてふぅ、と息が吐かれる。よしよし。うまくいった。
「その調子で吸ってみろ。」
 なんとなく達成感を感じながら、俺は自分のタバコに火をつけた。

「もういらない。」と言ったのは、俺が吸い終わってちょっとのことだった。
 穴を開けたタバコというのは総じて吸い終わるのが遅くなる。そりゃあ穴あけた所から空気が入り込むんだから当たり前のことだよな。
「頭がクラクラしてきた。」
「貧血みたいなモンだ。吸うのはよせ。ぶっ倒れるぞ。」
 俺は雷帝からタバコを奪い、助手席のシートに押し付けた。雷帝はふぅ、と息をつきながら上を見ている。
「どーだ?はじめてのタバコの味は?」
「…苦い。」
 ありゃ、雷帝サンもお子ちゃま口だったのか?
「だが、クセにはなりそうな味だ。」
「だろう?」
 俺は身を乗り出し、雷帝に口付けた。銀次からはありえない、タバコの香り。
「俺と同じ味だ。キスの味。」
 その言葉に雷帝はふっと笑った。
 照れたような、嬉しいような、綺麗で、そしてどこか子供のように。
 雷帝は身を起こすと、俺に近づき…口付けてきた。お、珍し。
 ディープなのをお見舞いすると、反対に雷撃がお見舞いされるので、すぐに唇は離れた。
「…一緒…?」
 きいてくる姿は子供のまんま。
「ああ、一緒だぜ。雷帝。」
 がしがしと頭を撫でながら、俺は言ってやった。
「俺と一緒の味と香りだ。」
 抱きしめるとゆっくりと雷帝はもたれかかってくる。…恐らく甘えというより始めてのタバコ貧血にまだ体が慣れていないのだろう。
「いいぜ?このまま寝ちまっても。一緒の香りだからいいだろ?」
「…ん………」
 言うなり、そのまま体重を預けてくる。その体に毛布をかけてやる。
「おやすみな、雷帝。良い夢を。」
「………」

 ややあって、静かな寝息となる。久々の雷帝との接見は終了。今度はいつ現れるんやら。
「タバコ吸いたくなったら、いつでも出て来い。」
 額にキスすると、俺も目を閉じた。
 タバコの香りが、今日はやたらといい香りに感じた。



私が吸ってるタバコと同じです。
で、吸ったことがあまり(全然)ない人には、この方法をとったりする時もあります。
学生時代は何種類のタバコ吸ったやら…。
キツいと思ったタバコはこうやって処理したり、友人と交換したりしてました。
マイセンの味はセッター吸ってた奴の言葉。
その頃はまだ私もマイセンのスーパーライト吸ってたよ。
何が私を変えたのやら(笑)。
もこさまー。またメッセであいませうぜ。